ESSAY2025.09.187 min read

「DX 戦略」という言葉が、もう半分使えなくなった理由

「DX」が掛け声からタスクへ降りた今、従来型の戦略提案書では現場が動きません。語彙の更新が必要な 3 つの論点を、現場で機能する言い換えとともに整理します。

後藤大輔By 後藤大輔G2Agent 株式会社 代表取締役
「DX 戦略」という言葉が、もう半分使えなくなった理由
Photo: Unsplash / Homa Appliances

「DX 戦略を描いてほしい」という依頼が、ここ 2 年ほどで明らかに減ってきました。代わりに増えているのは「請求書の処理を自動化したい」「営業の SFA 入力をどうにかしたい」といった、もっと粒度の細かい相談です。

DX という言葉が掛け声だった時代から、現場のタスクとして降りてきた段階へ、フェーズが移ったのだと感じています。にもかかわらず、戦略コンサルが従来通りの「3 ヵ年 DX ロードマップ」をパワーポイント 80 枚で提案すると、決裁者の反応が明らかに鈍くなりました。現場担当者からは「で、来週から何が変わるんですか」と聞かれます。

本記事では、「DX 戦略」という語彙のうち、もう半分は使えなくなった——という現状認識を出発点に、何が機能しなくなり、何に置き換えるべきかを整理してみます。

本記事の結論

結論から言うと、「DX 戦略」という言葉が機能しなくなったのは、戦略の中身が古くなったからではなく、読み手の文脈が変わったからだと整理できそうです。2018〜2022 年頃の「DX とは何か」を説明するフェーズは終わり、現場は既に複数のツールを動かし、複数の失敗を経験しています。

その状態の組織に対して、抽象度の高い「変革ロードマップ」を提示しても、響かないのは当然です。代わりに求められているのは、(1) 既に動いているシステムと業務を前提とした接続設計、(2) 部分最適と全体最適のトレードオフを明示する判断材料、(3) 来月から動かせる具体タスクへの分解、の 3 つだと考えています。

DX 戦略という言葉が古びたのではなく、戦略を語る前提となる現場の状態が、5 年前とはまったく違うものになっている。

この認識をベースに、語彙を更新する作業から始める必要があると感じています。

なぜ「DX 戦略」が現場に届かなくなったのか

DX という語彙が登場した 2018 年頃と現在では、企業側の前提条件が大きく変わっています。当時の論点は「そもそも何をデジタル化すべきか」「どこから着手すべきか」でした。経営層も現場も、自社にとってのデジタル投資の意味を言語化できておらず、コンサルティングの役割は 概念整理と優先順位付け にありました。

ところが 2025 年現在、多くの企業は既に SFA・MA・経費精算・勤怠管理・グループウェア・BI ツールなど、複数の SaaS を並行運用しています。データは分散し、ID 管理は煩雑化し、運用負荷が顕在化している段階に入っています。この状態の組織に対して「全社 DX のあるべき姿」を 80 枚で語っても、現場の反応は鈍くなります。提案書の前半 30 枚は、読み手にとって既知の情報の繰り返しになるからです。

現場が求めているのは、抽象的な To-Be ではなく、既に動いているものを前提とした再設計の言語です。「ここはやめる」「ここは残す」「ここは繋ぎ直す」という、具体的な意思決定を支える材料が必要になっています。

2018〜2022 年: 何をデジタル化すべきか → 概念整理が価値
2023 年〜    : 何を残し、何を捨てるか → 接続と再設計が価値

DX という語彙が指す対象が、構想フェーズから運用フェーズに移った——これが現場に届かなくなった根本的な理由だと整理しています。

使えなくなった語彙、機能している語彙

具体的にどの語彙が機能しなくなったかを、現場で目にする頻度から整理してみます。提案書のレビューを重ねていると、以下のような対比が見えてきます。

機能しなくなった語彙

代わりに機能している語彙

全社 DX 推進

業務の境界線の再定義

データドリブン経営

データの所在マップ

カルチャー変革

運用負荷の見える化

デジタルトランスフォーメーション

既存資産の接続設計

あるべき姿の策定

やめる業務の特定

3 ヵ年ロードマップ

90 日アクションリスト

左側の語彙は、2020 年前後の提案書では中心的な役割を担っていました。今でも経営層向けの導入講演などでは使えますが、実装フェーズに入った企業の決裁会議で出すと、**「で、具体的には?」**という質問で会議が止まります。

右側の語彙の共通点は、いずれも 実装に直結する具体名詞 だという点です。「業務の境界線」と言えば、どの業務とどの業務の間に線を引くかという議論が始まります。「データの所在マップ」と言えば、どの SaaS にどのデータが入っているかを書き出す作業が始まります。語彙が次のアクションを内包している、と言い換えてもよいかもしれません。

語彙が変わるということは、コンサルティングの提供価値そのものが変わっていることを意味します。「方向性を示す」役割から、「動かし方を設計する」役割へ。この移行に語彙が追いついていない提案書は、どれだけ論理構成が美しくても、現場で機能しにくくなっています。

戦略コンサルが書くべき提案書の構造が変わった

語彙だけでなく、提案書の構造そのものを見直す必要があります。従来の「現状分析 → あるべき姿 → ギャップ → ロードマップ」という 4 段構造は、現状分析のフェーズで読み手が 「もう知っている」 と感じてしまう問題を抱えています。

特に現状分析パートで業界動向や同業他社のデジタル投資状況を示すスライドは、決裁者が日常的に触れている情報と重複します。ここで 15 枚使うと、提案書全体への期待値が下がります。最初の 10 分で「これは自分たちが知らない視点を持ち込んでくれる相手か」を判断されているのが実態です。

代わりに機能しやすいのは、次のような構造です。

  1. 既存資産の棚卸と接続可能性:既に動いている SaaS・基幹システム・スプレッドシートを列挙し、どれとどれが繋がっているか・繋がっていないかを可視化する
  2. やめるべき業務の特定:追加する話の前に、減らせる業務・廃止できるツールを 2〜3 つ名指しする
  3. 90 日以内に動かせるアクション:来週・来月・3 ヵ月後にそれぞれ何が変わるかを時系列で示す

この構造の特徴は、戦略と実装の距離が極端に短いことです。読み手は提案書を読みながら「これは来月の予算でいける」「これは情シスに相談すれば動く」と、頭の中で実行計画を組み立てられます。

戦略コンサルの仕事が実装に近づいている流れは、別の記事 コンサルが実装に降りる時代の、提案書の作法 でも触れています。提案書の構造は、その変化を最も直接的に反映する部分だと感じています。

営業強化や業務改善の文脈で語り直すという選択

もう一歩踏み込むと、「DX」という抽象語そのものを提案書から外す、という選択肢も視野に入ります。営業強化・業務効率化・顧客接点改善といった、より具体的なテーマの集合として語り直すアプローチです。

経営層にとっては「DX 投資 5,000 万円」より「営業生産性が 20% 改善する投資 5,000 万円」の方が、判断材料として扱いやすくなります。前者は効果が抽象的で、後者は KPI が明示されている。同じ中身でも、語彙のフレーミング次第で意思決定の速度が変わります。

私たちが営業強化コンサルティングの文脈でこの語彙の置き換えを試したケースでは、初回提案から契約までの期間が体感で 3 割ほど短くなりました。「DX 推進室と相談します」というステップが、「営業企画部の今期予算で動かせます」というステップに変わるからです。決裁者が変わると、検討プロセスが変わります。

ただし、この語り直しには注意点もあります。具体テーマに分解しすぎると、全体最適の視点が抜け落ちるリスクがあるからです。営業の生産性だけ最適化して、データが SFA に閉じてしまい、マーケや CS から見えなくなる——というのは、5 年前の SaaS 乱立期によくあったパターンでした。

語彙を更新するというのは、説明責任の形を変える作業でもあります。抽象語の便利さを手放す代わりに、具体の集合をどう束ねるかという設計責任を引き受ける、ということです。

ある中堅製造業での「DX」を使わなかった 4 ヵ月

具体例を紹介します。従業員 600 名規模のある中堅製造業で、5 年前に「全社 DX 推進プロジェクト」を立ち上げ、SFA・MA・経費精算・勤怠管理など 8 つの SaaS を導入してきた企業です。

相談を受けた時点で、現場からは「結局どれを開けばいいのか分からない」「データが分散していて月次の集計に 3 日かかる」という声が上がっていました。経営層は「次の DX 戦略」を求めていましたが、私たちが提案したのは新しいロードマップではなく、既に導入済みの 8 つのツールの棚卸と接続設計でした。

具体的には、次の 4 ステップで進めました。

  1. 各ツールの利用率調査(ログイン頻度・データ更新頻度)
  2. データの所在マップ作成(どの情報がどのツールに入っているか)
  3. 廃止候補 2 つの特定(利用率 10% 未満のツール)
  4. 残す 6 つを kintone でハブ化する設計

期間は 4 ヵ月、新規ツール導入はゼロです。kintone を選んだ理由はカスタマイズ性で、運用上の落とし穴については kintone カスタマイズで失敗する組織の共通点 で別途整理しています。

結果として、月次集計の所要時間は 3 日から半日に短縮され、現場の「どれを開けばいいか分からない」という声も大きく減りました。経営層への最終報告では「DX」という言葉を一度も使わず、「業務の境界線を引き直した」と説明しています。語彙を変えたことで、現場と経営の認識が初めて揃った瞬間でした。

営業強化の文脈で「DX」を語り直したい方へ

「DX 戦略」という抽象語ではなく、営業強化・業務再設計・顧客接点改善といった具体テーマで語り直したい組織の方には、私たちの営業強化コンサルティングが起点として機能しやすいと考えています。営業の生産性を KPI として置きながら、その背後にあるデータ統合・ツール棚卸・業務再設計まで踏み込む構成です。

提案書の作り方を変えたい、あるいは社内向けの語彙を更新したい、といった論点でも構いません。「うちはどの語彙がもう機能していないか」という診断から入るケースもあります。

具体的なご相談は 営業強化コンサルティング サービスページから、あるいは個別の論点を持ち寄っての対話形式でもお受けしています。

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後藤大輔
後藤大輔
G2Agent 株式会社 代表取締役

kintone をいじり倒したり、CAC の構造をしつこく分解したり、夜な夜な欧米の最新セールステックを追いかけるオタクをやったりしてます。技術と経営を同じ言葉で話せる人を増やしたい派。東京・国分寺。

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