FRAMEWORK2026.06.067 min read

精度不足の予実管理から脱却!複数シナリオのシミュレーションで経営の“不確実性”をコントロールする方法

単一前提の予実管理では市場変動を捉えきれません。複数シナリオを並走させ、不確実性を意思決定の前提に組み込む経営管理の設計手法を、3 つの論点で整理します。

後藤大輔By 後藤大輔G2Agent 株式会社 代表取締役

月次の予実差異を眺めて「想定より下振れしました」と報告して終わる会議——正直に言うと、私たちが関わった中堅企業の多くで似たような光景を見てきました。予算を立てた瞬間に前提が古くなり、四半期が進むほど計画と現実が乖離していく。原因は予測精度の低さではなく、単一シナリオで未来を握ろうとする設計そのものにあるんじゃないかと考えています。

本記事では、複数シナリオを並走させて意思決定の幅を広げる「シミュレーション型」の経営管理について整理してみます。前提変数の洗い出し、シナリオの粒度設計、月次レビューへの組み込み方まで、現場で運用できる形に落とし込んでいきます。

予実管理の本質は「当てること」ではない

予実管理の本質は「当てること」ではなく「外れたときに動けること」だと整理できそうです。単一の予算計画に固執するほど、前提が崩れた瞬間に意思決定が止まります。複数シナリオを最初から並走させておけば、環境変化のたびに「どのシナリオに近づいているか」を確認するだけで次の打ち手が決まります。

具体的には、(1) 経営に効く前提変数を 3〜5 個に絞り込む、(2) ベース / アップサイド / ダウンサイドの最低 3 シナリオを月次で更新する、(3) シナリオごとに事前にトリガーアクションを定義しておく、の 3 点が出発点になります。スプレッドシートと BI ツール、あるいは kintone のような業務プラットフォーム上で運用可能な形に落とせれば、不確実性は「怖いもの」から「設計できるもの」に変わってきます。

予実管理の目的は予測精度の向上ではなく、前提が崩れたときに迷わず動ける状態をつくること。

なぜ単一シナリオの予実管理は破綻するのか

年度初に立てた予算を絶対基準として運用する従来型の予実管理は、環境変動の大きい時代になるとどうしても機能不全を起こします。背景には 3 つの構造的な問題があると見ています。

1 つ目は 前提変数の固定化 です。年度予算は「為替 130 円・鋼材価格は前年並み・受注は前年比 105%」といった前提の束の上に組み上がっています。ところが、その前提のどれか 1 つが大きく動いた瞬間に、損益見通し全体が崩れる構造になっている。にもかかわらず、前提を更新する仕組みが組み込まれていないことが多いんですよね。

2 つ目は 差異分析の事後性 です。月次で「予算比 8% の下振れ」と報告された時点で、すでに 1 ヶ月が経過しています。なぜ外れたかの説明には時間をかけるのに、次の打ち手の議論は「来月の数字を見てから」と先送りになりがちです。これは現場あるあるです。

3 つ目は 意思決定タイミングの遅延 です。下振れが 2〜3 ヶ月続いてようやく「修正予算を組み直しましょう」となり、その作業に 1 ヶ月、承認にもう 1 ヶ月。気づけば期初から半年経っていた、というケースを何度も見ています。予算を「動かせない聖典」として扱うほど、組織の反応速度は落ちる という現象が起きています。

複数シナリオ設計の出発点は、効く変数の絞り込み

「シナリオを増やせばいいんですね」と言われると、ちょっと違いますと答えています。10 個 20 個のシナリオを並べた瞬間に運用は破綻します。重要なのは 損益インパクトの大きい前提変数を 3〜5 個に絞り込む ことです。

業種ごとの典型例を整理するとこんな感じです。

業種

効きやすい変数の例

製造業

主要原材料価格、為替、主力製品の受注数量

SaaS

新規 MRR、解約率、顧客獲得コスト

小売・EC

客単価、来店/訪問数、原価率

受託サービス業

稼働率、単価、採用ペース

絞り込みの手順はシンプルで、過去 3〜5 年の損益を構成する変数を一覧化し、それぞれを ±10% 動かしたときに営業利益がどれだけ動くかを試算します。いわゆる 感度分析 ですね。ここで利益インパクトが大きい順に並べると、上位 3〜5 個に経営の意思決定論点が集約されることが多い。

ここでよくある失敗を白状すると、「全部大事だから全部入れたい」と現場が言い始めるパターンです。経営企画が忖度して 8 変数くらいに膨らませた結果、月次更新が回らなくなる。変数を増やすほど運用負荷は指数関数的に増える と覚悟しておいたほうがいい。最初は割り切って 3 個から始めて、運用が回ってから増やすほうが現実的だと思います。

なお、変数の選定は経営層と経営企画だけで決めずに、営業・購買・製造の責任者を巻き込むことをおすすめしています。「うちの事業の損益は何で決まっているのか」を共通言語化する作業そのものに価値があるんですよね。

3 シナリオ運用の標準フォーマット

シナリオは ベース / アップサイド / ダウンサイド の 3 本立てが運用上のスイートスポットだと考えています。2 本だと「中間」が見えず、5 本以上だと月次更新が回らない。3 本がギリギリ手が届く粒度です。

各シナリオには、変数の値・想定確率・KPI 閾値・トリガーアクションをセットで定義しておきます。整理するとこのような形になります。

シナリオ

想定確率

主要変数の前提(例:製造業)

営業利益見込

閾値到達時のトリガーアクション

アップサイド

25%

受注 +10%、鋼材 -5%

+15%

第二工場稼働前倒し検討、増員前倒し

ベース

50%

受注 ±0%、鋼材 ±0%

計画通り

通常運用

ダウンサイド

25%

受注 -10%、鋼材 +15%

-20%

新規採用 3 ヶ月停止、設備投資先送り

ポイントは トリガーアクションを事前に決めておく ことです。ダウンサイドに振れてから「さあ何をしましょうか」と議論を始めると、決まる頃には次のシナリオに移っています。事前に決めておけば、月次レビューで「ダウンサイドの閾値を 2 ヶ月連続で割りました」と確認した瞬間に、採用停止の意思決定が動く。

確率配分は厳密さを求めすぎなくていいです。25/50/25 を出発点にして、四半期に 1 回見直す程度で十分。確率の精度より、シナリオの存在自体が組織の思考を動かす という効果のほうが大きい。

また、シナリオは「立てて終わり」ではなく月次で更新します。直近の実績と外部環境の変化を反映して、確率配分と変数値を微調整する。これを習慣化できると、経営会議の議題が自然に「次に何をするか」に寄ってきます。

運用に乗せるためのツール選択と組織設計

仕組みを設計しても、運用に乗らなければ意味がない。ここはツールと組織設計の両輪が必要です。

ツール選定の現実解はこんな感じだと整理しています。

手段

向いている規模

注意点

Excel / スプレッドシート

売上 30 億円未満・変数 3 個程度

属人化と版管理破綻のリスク

BI ツール単体

売上 100 億円以上・分析人材在籍

データ入力UIが弱く、現場の更新が回らない

kintone + BI の組み合わせ

中堅企業全般

設計次第。雑に作ると kintone 内でアプリが乱立する

うーん、これ難しいんですけど、私たちが見てきた中堅企業では kintone のような業務プラットフォームで前提変数とシナリオを管理し、BI ツールで可視化する 組み合わせが落とし所になることが多い。Excel は柔軟性が高いものの、3 人以上で更新し始めた瞬間に整合性が崩れます。

ただし、kintone も油断すると数年でガバナンスが崩れます。このあたりの落とし穴は kintone カスタマイズで失敗する組織に共通する 7 つの落とし穴 に整理しているので、合わせて読んでいただけると失敗を避けやすくなるはずです。

組織設計の論点としては、経営企画がシナリオの枠組みを管理し、現場部門が変数の前提値を月次更新する という役割分担が機能しやすい。経営企画が全部抱え込むと、現場の肌感が反映されず数字が浮いてしまいます。月次レビュー会議の議題も再設計が必要で、「差異分析」を 15 分以内に圧縮し、残りを「どのシナリオに近づいているか」と「次の打ち手」に使う形に組み替えます。

ある中堅製造業 B 社で起きた、意思決定リードタイム 40% 短縮

ある中堅製造業 B 社(売上 80 億円規模)では、年度予算を 1 本だけ立てて月次で差異分析を回す運用を 10 年以上続けていました。2022 年以降の原材料価格急騰で四半期ごとに修正予算を組み直す事態となり、経営会議の議論が「なぜ外れたか」の事後分析に時間を取られ、次の打ち手の意思決定が 1〜2 ヶ月遅れる状況が常態化していたといいます。

私たちが伴走したプロジェクトでは、最初に 損益への感度が高い 4 変数(鋼材価格・為替・主要 3 製品の受注量) に絞り込み、ベース / アップサイド / ダウンサイドの 3 シナリオを月次で更新する仕組みを kintone と BI ツールの組み合わせで構築しました。各シナリオには「ダウンサイド到達時は新規採用を 3 ヶ月停止」「アップサイド到達時は第二工場の稼働前倒し検討」など、事前にトリガーアクションを定義しています。

運用開始から 6 ヶ月で、経営会議の議題は「差異の説明」から「どのシナリオに近づいているかの確認と次の打ち手」へとシフトし、意思決定までのリードタイムが約 40% 短縮 されました。予測精度そのものは大きく改善していません。むしろ外れたときの反応速度が変わったことが最大の成果だと経営企画部長は語っています。

ここで強調しておきたいのは、ツール導入そのものが成果を生んだのではなく、「予算は当てるもの」から「外れたときに動くための地図」へと位置づけが変わったこと が本質だという点です。kintone も BI ツールも、その思考転換を支える器でしかありません。

シナリオ経営の設計、ご相談ください

複数シナリオによる経営管理の設計は、Excel テンプレートを配って終わるものではありません。効く変数の特定、シナリオの粒度設計、kintone や BI ツールへの実装、月次レビュー会議の議題再設計まで、経営管理と現場運用の両面を一体で組み立てる必要があります。

「予実差異の説明会議に毎月 3 時間使っているけど、次の打ち手が決まらない」「予算修正のたびに経営企画が疲弊している」——こうした状態に心当たりがあれば、ぜひ一度議論させてください。業種・規模・既存ツール環境を踏まえて、現実的な落とし所を一緒に設計します。

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後藤大輔
後藤大輔
G2Agent 株式会社 代表取締役

kintone をいじり倒したり、CAC の構造をしつこく分解したり、夜な夜な欧米の最新セールステックを追いかけるオタクをやったりしてます。技術と経営を同じ言葉で話せる人を増やしたい派。東京・国分寺。

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